会長挨拶
kaicho image わが国におけるビジネス航空の普及と発展を目指して、 1996年5月14日、日本ビジネス機協会(現NPO法人 日本ビジネス航空協会)が立ち上げられました。世界第二位の経済大国であるにもかかわらず、企業や個人が自らのビジネス活動に使用するビジネス機の分野においては、諸外国に大きく遅れをとっていました。空港が少なく、増え続ける航空需要を賄うため大型機による定期航空輸送を優先せざるを得なかったという事情はあるにしても、このまま放置すれば日本は、国際交流の枠組みから外れてしまう、なんとかしなければ、という危機感から、メーカー、商社、運航支援会社等ビジネス機に関心を持つ23の企業・団体が会費を持ち寄ったものでした。  それから11年の歳月が流れました。会員数は60になりました。設立当時ビジネス航空に対する理解や配慮は零に近かった状態から、徐々に規制も緩和され、また厳しい空港事情の中にありながらも発着枠が増加して参りました。 セントレア空港、県営名古屋空港、関空、神戸空港或いは新北九州空港のように、積極的にビジネスジエット機を誘致しようとする空港も現れました。 また関西三空港の運用に関する国交省の方針により、「伊丹・神戸空港では国際定期便のほか、基本的には国際チャーター便も運航しない。ただし(ビジネスジエット機の運航などの)オウンユース・チャーターは、国際間の輸送でも認める方向」となっており、それを受けて2006年9月28日に神戸空港から釜山空港へ、当協会がチャーターした国際ビジネスジエット機が初就航いたしました。私どもにとって大変うれしい出来事でした。  ビジネス機に関する世の中の関心が、日増しに高まってきていることはHPへのアクセス数の急増やマスコミにおける露出の増加からも明らかであると思います。NBAAが我が国において、ビジネス航空フォーラムの開催を計画したことは、大変時宜にかなうものでした。当協会は米国商務省、愛知県とともに共催し、2007年2月9日に県営名古屋空港にて「ビジネス航空フォーラムin愛知」が開催されました。10機のビジネス機の展示、セミナー、企業展示を行い、予想をはるかに超える750名の参加がありました。 ビジネス航空業界は、揺籃期から成長期にさしかかりました。 休火山におけるマグマのようにビジネス航空に対するエネルギーが蓄積されていると言っても過言ではなく、首都圏にビジネスジエット機がもっと自由に離発着出来る基地の必要性も認識され、議論され始め、これが実現すれば、一気にブレークし、一大産業を形成することは確かであると言えます。 いよいよ2007年末から、VLJの中で注目されているエクリプス500が、製造認可を得て、市場に登場いたします。今後毎年VLJを含むビジネス機が1,000機単位で増え続けると予測されています。世界の航空業界に大きな変革が出て来るでありましょう。我が国がさらに遅れをとることのないように微力ながら当協会も努力する所存であります。  わが国の場合、空港問題の抜本的解決は、財政事情、環境問題もあり、容易なことではありませんし、航空法規、その他運航上の規制も、初めから小型機は考慮の対象から外れていますから、ビジネス機が自由にわが国の空を飛び交うまでには、改善すべき課題が、山のように残っておりますが、当協会は、2005年4月に規制緩和に関する要望を国交省に提出し会合を重ねてまいりましたが、これからも業界の取りまとめ役として先頭に立って、これら課題の克服に精一杯の努力を続けます。  当協会は、IBACやNBAA始め世界の同様の団体とも連携して、ビジネス航空に係わる国際基準の確立にも一役を担いその発展に尽くす覚悟であります。       
                                          2007年5月


日本ビジネス航空協会
会長 窪田 陽一

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